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住職の日記

仏教の基礎「四法印」を知ろう

仏教には、数多くの教えがありますが、その中でも特に基本的な教えとされているのがお釈迦さまが説いた「四法印」です。

 四法印とは、すべての存在に共通する法則を表す教えであり、諸行無常、諸法無我、一切皆苦、涅槃寂静の四つの真理から構成されています。
今回は、お釈迦さまが説かれた四つの真理について、詳しく解説していきましょう。

”この瞬間”にフォーカスする「諸行無常」

「諸行無常」とは、すべての存在が絶えず変化していることを表す教えです。
 すべてのものは生まれ、成長し、変化し、そして最終的には滅びます。
この教えは、物事が常に変化していることを受け入れ、過去や未来にこだわらず、現在を生きることの大切さを教えています。

「諸行無常」の現象が表れているのが自然です。
春には花が咲き、夏には緑が茂り、秋には紅葉が美しく色づき、そして冬には全てが休息の時を迎えます。

人間社会においても同様で、人間として生まれ、育ち、変化し、そして最終的には死に至ります。「諸行無常」は宇宙の法則の一つとして、すべての存在に共通するものです。

諸行無常とは実はポジティブなメッセージ

「諸行無常」と聞くと、多くの方が『平家物語』の冒頭を思い出すでしょう。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を示す。奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂にはほろびぬ、偏ひとへに風の前の塵におなじ。

『平家物語』第一巻「祇園精舎」より

平家の栄華が終焉していく様子を描いた『平家物語』では、どんな栄華にも終わりがあるという哀しさ・儚さを表現しています。
また、ヴィクトル・ユーゴの名作『レ・ミゼラブル』に登場する主人公ジャン・ヴァルジャンの悲運を表現した邦題『ああ、無常』の印象もあり、「諸行無常」ということばには思い通りに行かない人生やいずれは死を迎える人間の儚さを感じる方も多いかもしれません。

しかし、仏教における「諸行無常」の教えは、私たちに常に変化する世界を前向きに捉え、現在を大切に生きることを促しているものです。

 過去にこだわることで苦しみを抱えることもありますし、未来に焦点を置くことで不安を感じることもあります。

「諸行無常」は、過ぎてしまった苦しみや、将来の不安に目を向けるのではなく、現在を大切に過ごすことをポジティブに伝えている教えです。

思いやりや共感を促す「諸法無我」

『平家物語』第一巻「祇園精舎」より

平家の栄華が終焉していく様子を描いた『平家物語』では、どんな栄華にも終わりがあるという哀しさ・儚さを表現しています。
また、ヴィクトル・ユーゴの名作『レ・ミゼラブル』に登場する主人公ジャン・ヴァルジャンの悲運を表現した邦題『ああ、無常』の印象もあり、「諸行無常」ということばには思い通りに行かない人生やいずれは死を迎える人間の儚さを感じる方も多いかもしれません。

しかし、仏教における「諸行無常」の教えは、私たちに常に変化する世界を前向きに捉え、現在を大切に生きることを促しているものです。

 過去にこだわることで苦しみを抱えることもありますし、未来に焦点を置くことで不安を感じることもあります。

「諸行無常」は、過ぎてしまった苦しみや、将来の不安に目を向けるのではなく、現在を大切に過ごすことをポジティブに伝えている教えです。

思いやりや共感を促す「諸法無我」

「諸法無我」とは、仏教の教えの一つで、あらゆる存在が自己独立的に存在するのではなく、諸法によって成り立っているという考え方です。

この教えは、個々の存在が独立的な存在ではなく、全体としての関係性によって成り立っていることを教えています。

私たち一人ひとりが、一つの社会や地球社会の一員であり、他の人や生き物、自然と共に生きているということを再認識することで、あらゆる存在に対する思いやりや共感を養うことを説いています。

また、この世界ではあらゆる存在が相互に依存し合っているということも示しています。私たちは孤立した存在ではなく、全体としての一部であることを思い起こさせてくれます。

「諸法無我」の教えは、私たちに自己中心的な考え方を超え、広い視野を持って世界を見ることを促すものです。自己を省みることで、他者に対する配慮を持ち、豊かな心を育むことができます。

この教えは、個人だけでなく社会全体にとっても大切なものであり、生涯学び続けることが求められるといえるでしょう。

人生の苦しみと向き合う「一切皆苦」

「一切皆苦」とは、人生に避けられない苦しみや不安を経験することを示す教えです。この教えを知ることで、苦難に対する抵抗力を身につけることができるとされています。

人生には、生まれること、肉体的な痛み、精神的な苦しみ、老い、病気、そして死が不可避のものとして存在します。

これらの苦しみを克服する過程で、私たちは自分にとって重要な価値観を見出し、自己成長の機会を得ることができます。また、苦しみからの学びは、他者を理解する力や共感力を高め、人間として成長するための一助となります。自分自身や他者の苦しみに向き合うことで、共感力や思いやりが深まり、より豊かな人生を送ることができると説いています。

「一切皆苦」の教えは、人生の苦しみに直面することが不可避であることを認識することで、現実的で冷静な視点を持つことができます。苦しみを受け入れ、それを乗り越えることは、人生を前進させるために欠かせない大切な一歩といえるでしょう。

心の平和「涅槃寂静」

「涅槃寂静」とは、すべての存在が静かで穏やかな状態であることを表しています。
涅槃寂静に到達するためには、瞑想などで心を穏やかに保ち、深い静けさの中で自己を見つめ、心の中の障壁を取り除くことが大切と説かれています。涅槃寂静の状態に到達することで、人は内に秘めた真実に気付き、自己の存在について深く学ぶことができます。涅槃寂静は、心の平和を求めるために目指す究極の境地とされています。

「四法印」の意義と教え

今回紹介してきた「四法印」は、仏教の中心的な思想であり、人生における苦しみや迷いを解決するための教です。これらの教えを理解することで、人々は自己の内面を深く見つめ、真の自己を取り戻すことにつながります。

「四法印」では、私たちが幸福に生きるためのヒントがたくさん詰まっています。

「諸行無常」は、物事が常に変化していることを受け入れ、過去や未来にこだわらず、現在を生きることの大切さを教えています。

「諸法無我」は、あらゆる存在が自己独立的に存在するのではなく、諸法によって成り立っているという教えであり、他者との関係性を重視し、相互に助け合うことの大切さを学ぶことができます。

「一切皆苦」は、人生に避けられない苦しみや不安を経験することを示し、苦しみを克服するために正しい考え方や行動を取ることの必要性に気づくきっかけをくれることでしょう。

「涅槃寂静」は、すべての存在が本来的には静かで穏やかな状態であることを表しており、心の平和を求めることの大切さを学ぶことができます。

現代でも、さまざま自己啓発本やセミナーもありますが、お釈迦さまは2,500年以上前からすでに説いていたのですから驚きですね。

「仏教の教え」というと、真剣に取り組んだり、修行が必要と思われる方もいらっしゃいますが、私達の喜怒哀楽の感情を制御し、日々の生活を安寧に暮らすためのエッセンスとしてとして取り入れるのもよいのではないかと思います。

この「四法印」の教えは、人生の困難に直面した際には、きっとあなたのお役にたつことでしょう。
ぜひ、覚えておいてください。