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住職の日記

僧侶になるには?浄土宗教師の修行

増上寺HPより

皆様、こんにちは。寒さが一段と厳しくなる2月を迎えました。
この時期は、新しい年の目標を見つめ直し、心を整える大切な時でもあります。年度末に向けて忙しさが増す方も多いかもしれませんが、こうした時こそ、仏教の教えに触れ、穏やかな心を保つことが大切です。

さて、今回は「僧侶になるための修行」についてお話ししたいと思います。

毎年12月になると、浄土宗の僧侶になるための最後の修行「伝宗伝戒道場」が開かれます。昨年も、12月5日から25日まで総本山知恩院(京都市東山区)、12月7日から27日まで大本山増上寺(東京都港区)で開催され、合わせて124名の新たな浄土宗教師が誕生しました。

伝宗伝戒道場とは?

この道場は、僧侶としての覚悟を定める重要な修行の場です。修行は「前行(ぜんぎょう)」と「別行(べつぎょう)」に分かれています。

  • 前行(ぜんぎょう) 
    最初の1週間は、阿弥陀如来への懺悔や礼拝を行い、心を整え、教えを受けるにふさわしい器となることを目指します。
  • 別行(べつぎょう) 
    2週目以降は、浄土宗の系譜や、僧侶として守るべき戒律を授かる儀式が行われます。

この修行を終えた者は、正式に「浄土宗教師」となり、法然上人の教えを伝える役割を担うことになります。

厳しい修行の先にあるもの

道場の修行は、決して楽なものではありません。早朝から夜遅くまで、礼拝、読経、法話、作法の修練が続きます。食事や睡眠の時間も限られ、厳しい環境の中で自身と向き合う時間が求められます。

しかし、その厳しさこそが、僧侶としての覚悟を育むのです。

今年の増上寺で行頭(修行僧の代表)を務めた國松俊嗣師(神奈川県横須賀市・常福寺)は、成満会(修行の総まとめの法要)の際に、「私たちは今日から浄土宗教師としての人生が始まりました。専修念仏の教えを胸に、開宗851年、さらにその先へ向け一歩一歩進んでいきます」と決意を述べられました。

修行を終えた方々の晴れやかな表情を見ていると、彼らがどれほどの覚悟を持ってこの道に進んでいるのかが伝わってきます。涙を浮かべる者、笑顔で家族と再会する者——それぞれの思いが交錯する瞬間です。

現在の僧侶としての役割とその意義

かつての日本では、お寺が地域のコミュニティの中心的な役割を果たしてきました。僧侶は、ただお経を唱えるだけではなく、人々の心を支える存在です。お寺に足を運ぶ方々の悩みに耳を傾け、共に考え、寄り添うことが求められていたのです。

残念ながら、昨今では価値観の多様化や住民の転出などによりお寺を中心とした地域のコミュニティは薄れてきています。十念寺では、かつての影響力を取り戻すのではなく、現代社会にフィットするお寺として地域に貢献したいと思い活動を続けてきました。

多くの方が心の在り方に迷いを感じている現代において、「心のよりどころとしての仏教」として時代に即した形で教えを広める取り組みが進めていきたいと思っています。

僧侶は生き方である

僧侶という道は、単なる職業ではなく「生き方」そのものだと言われています。僧侶の務めは、法要や葬儀を執り行うだけではありません。日々の暮らしの中で、仏の教えを体現し、人々に寄り添う姿勢が求められます。

かつて、ある高齢の方から「住職さんはいつ休んでいるの?」と尋ねられたことがあります。その方は、私が朝の読経を終えた後も、法事や相談対応、地域の行事などで動き回る姿を見て、不思議に思われたのでしょう。私は笑いながら、「仏さまの教えを伝えることが私の生き方なのです」とお答えしました。

実際、僧侶の務めに休日はありません。しかし、それは「労働」とは違い、むしろ「生き方」として根付いているものです。私は十念寺を開山してから継続して、介護や終活などを通じて「人との関わり方」「自分の人生を見つめなおす」ための活動にも力を入れてきました。

仏教の教えを通じて、人々の悩みや不安を和らげることができるのなら、それは私にとって何よりも喜ばしいことなのです。

このように、僧侶とは肩書きではなく、日々の言動や姿勢そのものが「生き方」となります。そして、それは特別な人だけに許されたものではなく、仏の道を志し、一歩を踏み出したすべての人に開かれているのです。

僧侶の道は誰にでも開かれている

「僧侶になる」と聞くと、多くの方は「特別な人だけの道」と感じるかもしれません。しかし、仏の道は決して遠いものではなく、どなたにも開かれています。

お寺に生まれた宗門子弟も、一般家庭で育った在家出身者も、僧侶になるための教師資格を得る過程には違いがありません。

日本の仏教僧侶における在家出身者の割合に関する明確な統計データは公表されていませんが、近年の傾向として、特に都市部では寺院の後継者不足により、在家出身者が僧侶になるケースが増えていると報告されています。また、僧侶を目指す年代も人それぞれです。

20代の若者から、40歳を過ぎて人生の転機をきっかけに僧侶を目指す人、定年退職後に仏門に入る人もいます。

実際に、私自身も元々はふつうの会社員から、僧侶を志して今があります。

僧侶を志すきっかけは人それぞれですが、皆が共通して持っているのは「仏の教えを伝え、人々の助けになりたい」という思いです。

僧侶は目指す予定はないけれど、仏教の教えを学び日常生活に生かしたいという方は、十念寺の法要や毎月25日に開催している「お念仏の会」に参加してみてはいかがでしょうか?
新しい気づきのきっかけになるかもしれません。

まとめ

僧侶の道は、決して簡単なものではありません。 しかし、それ以上に得られるものがたくさんあります。人々の悩みに寄り添い、阿弥陀仏の救いを伝える役割を果たすことは、何ものにも代えがたい尊い道だと思っています。

もしも、あなたの身近に「僧侶になりたいけれど、どうすればいいかわからない」「仏教の教えを学びたい」——そうした思いをお持ちの方は、ぜひ一度ご相談ください。

私自身の経験をもとに、お話させていただければと思います。
ぜひ、お気軽にお問い合わせください。