022-702-8651
受付時間 9:00~18:00

zyunenzi@gmail.com

お知らせ

春分の日に極楽浄土に想いを馳せて

皆さんは「極楽浄土」と聞いて、どのような世界を思い浮かべますか?

美しい花が咲き誇り、澄み渡る池が広がる、そんな理想の世界を思い浮かべる方も多いかもしれません。浄土宗では、極楽浄土は阿弥陀仏が私たちを迎え入れてくださる場所とされています。しかし、その極楽浄土がどこにあるのか、どのようにして行けるのか、疑問に思ったことはありませんか?

仏教には「唯識(ゆいしき)」という考え方があり、「私たちの世界は、私たちの心が作り出している」と説かれています。今回は、この唯識の視点から極楽浄土について考えてみましょう。

春分の日とお彼岸──彼岸と此岸が近づく時

彼岸と此岸

春分の日は、仏教の「お彼岸」にあたる大切な時期です。お彼岸とは、この世(此岸)と悟りの世界(彼岸)が最も近づく時期と言われており、私たちが仏の教えに触れるのに最適な機会となります。

お墓参りや仏さまの教えに触れるこの時期は、心を浄め、仏道への理解を深める絶好の機会となります。お彼岸が近いので、極楽浄土について思いを巡らせるのにもふさわしい季節と言えるでしょう。

唯識とは?──私たちの世界は心が作る

仏教にはさまざまな考え方がありますが、その中でも唯識は「私たちの世界は、私たちの心によって生み出されるもの」という教えを説いています。

例えば、同じ出来事があっても、人によって受け取り方が異なることがありますよね。

ある人にとっては楽しい思い出でも、別の人にとっては辛い経験になる。これは、それぞれの心が出来事をどのように認識するかによって、世界の見え方が変わるためです。

唯識では、私たちの心の奥深くに「アーラヤ識(しき)」と呼ばれる深層意識があり、この意識が世界の成り立ちに関わっていると考えます。つまり、私たちが見ている世界は、心が映し出している「スクリーン」のようなものなのです。

唯識と極楽浄土──理想の世界をイメージする

それでは、唯識の立場から極楽浄土を考えてみましょう。

極楽浄土の美しさは、浄土三部経(『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』)などの経典に詳しく描かれています。

極楽浄土には、黄金に輝く土地、宝石のように光り輝く池、香り高い花々など、想像を超えた美しい世界が広がっていると説かれています。

唯識の考え方を取り入れると、「極楽浄土は私たちの心の中にも存在する」と言えます。つまり、私たちが心から極楽浄土を思い描き、その世界を深く信じることで、極楽浄土に近づいていくことができるのです。

イメージする力が大切な理由

仏教には「薫習(くんじゅう)」という言葉があります。これは、「繰り返し心に思い描くことで、そのイメージが心に深く刻まれる」という意味です。

例えば、好きな歌を何度も聴いていると、歌詞を自然と覚えてしまいますよね。それと同じように、私たちが極楽浄土を繰り返し思い描くことで、その世界が心に定着し、やがては心の中に極楽浄土が広がっていくのです。

春分の日には、自然の移ろいに心を寄せながら、極楽浄土の姿を心に描いてみるのも良いかもしれません。

他力の教え──極楽浄土は本当にあるのか?

ここで、ある疑問が浮かぶかもしれません。

「極楽浄土は本当に存在するのでしょうか?」

唯識の考え方では、「私たちの世界も心の投影なら、極楽浄土も心が生み出すものではないか?」という問いが成り立ちます。しかし、浄土宗の教えでは「極楽浄土は私たちの心の中にあるだけでなく、実際に存在する」と説かれています。

法然上人は、極楽浄土は阿弥陀仏の慈悲によってすでに用意された世界であり、私たちは「南無阿弥陀仏」と念仏を称えることで、そこへ導かれると説きました。これは、自力で極楽浄土を作り出すのではなく、阿弥陀仏の力(他力)によって救われるという教えです。

つまり、イメージの力も大切ですが、それ以上に、阿弥陀仏を信じ、念仏を称えることが、極楽浄土へ往生する確かな道であるということです。

まとめ──春分の日に極楽浄土を想い描く

極楽浄土が本当に存在するのかどうか、それを確かめることは私たちにはできません。しかし、仏教の経典や先人の教えを信じ、心に極楽浄土を思い描きながら念仏を続けることで、その世界に近づくことができるのではないでしょうか。

春分の日は、お彼岸の中日であり、彼岸と此岸がもっとも近づく時期です。この日を機に、極楽浄土の存在に想いを馳せ、ご先祖様や仏さまに心を寄せる時間を持ってみるのも良いでしょう。

唯識の考え方を取り入れながらも、阿弥陀仏の他力に身を委ねることが、私たちにとって最も安心できる道なのかもしれません。

皆さんも、お念仏を称えながら、心の中に極楽浄土を思い描いてみてはいかがでしょうか?その積み重ねが、私たちを救いへと導いてくれるのです。

合掌。