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住職の日記

仏教の教えを取り入れた「出世」の新しい定義

みなさんは「出世」という言葉にはどんなイメージがありますか?
昇進や成功、高い給与などのイメージを持つ方が多いのではないでしょうか。

社会的な地位や名誉、そして経済的な安定を求める現代社会において、この言葉は多くの人々の目標となっています。俗世ならではの欲求のように思えますが、「出世」という言葉は仏教に由来することをご存知ですか?

今回は、「出世」のもともとの意味を振り返りながら、現代の「出世」の意味との関連について考えていきます。

「出世」の語源と仏教的背景

私たちが日常的に使う「出世」という言葉は、実は「出世間」という仏教語が由来です。

「世間」とは、私たちが生きているこの世、つまりは日常の生活や社会を指しています。仏教では、この「世間」は煩悩や欲望が渦巻く場所とされ、私たちの心の平穏を乱す原因となるものとして認識されています。

さらに歴史を遡ると、古代中国では「世間」は「煩悩のあるもの」「破られるもの」と言う意味で使われていました。このことから、「出世」は煩悩の世界を破り、欲望から離れたさとりの境地に入るという意味を持っていたのです。

この考えが日本に伝わり、貴族の子が出家する(仏道に入る)ことを指して使われるようになりました。そして、貴族出身の子弟は仏門に入った後に他の人よりも早く高い地位に昇り、大きな寺院の住職になることが多かったため、次第に「高い地位を得る」という意味で使われるようになったと言われています。

高度成長期の「出世」の意味

私たちが日常的に使う「出世」とは、キャリアの成功や高い給与、社会的な評価など、物質的な成功を指しています。

とくに1950年代から70年代の高度経済成長期には、出世を目指して身を粉にして働くサラリーマンを「モーレツ社員」と呼んでいました。成功の象徴として多くの人々が、昇進や高収入を得ること、社会的な地位を確立するために出世を目標にしていた時代でした。

しかし、「出世」には二面性が存在します。出世を追求することで得られる自己成長や経済的な安定は確かに価値がありますが、その過程での競争やプレッシャーは、人々に大きなストレスや疲労をもたらしました。また、出世を追求するあまり、家族や友人との関係が希薄になることもあるかもしれません。

出世のための過度な努力や競争は、時には人間関係の摩擦や健康問題を引き起こす原因ともなったのです。

仏教における「出世」の意味

本来の仏教の教えでは、「出世」は煩悩の渦巻く世界から脱却し、悟りの境地に至る過程を指します。具体的には、仏教の修行や瞑想を通じて、自分自身の内面と向き合い、煩悩を乗り越える力を培うことを意味します。

この過程は決して容易ではありませんが、真の「出世」を追求することで、私たちは心の安らぎや真の幸福を手に入れることができると考えられています。

仏教では、物質的な成功や他者からの評価を追求するのではなく、自分自身の内面的な成長や心の豊かさを追求することを重視しています。

実際、日本では2010年代頃から、出世よりも内面を重視する傾向が顕著になっています。 物欲や金銭欲、出世欲よりも、プライベートを重視する合理的な思考を持つ若者を「悟り世代」として取り上げるメディアもありました。

これは、がんばって働いても出世や賃金のアップが見込めない不景気が長く続いた結果とも論ぜられていますが、自分自身の内面的な成長や心の豊かさを追求するという点で、仏教の教えに近づいてきているようにも考えられます。

新しい時代の「出世」の考え方

社会的地位の向上や社会的成功の追求を意味する「出世」と仏教の教えは、一見すると相反するもののように思えます。しかし、両者の中には共通する要素も多く存在します。

それは、「より良い状態を追求する」という思想です。現代の「出世」では物質的な成功や社会的な評価を追求する一方、仏教では心の平穏や悟りを追求します。

この二つの追求は、私たちの人生においてどちらも重要な要素であり、バランスよく取り入れることで、より豊かな人生を歩むことができるでしょう。

また、現代の「出世」における競争やプレッシャーと、仏教の「出世」における煩悩や迷いは、人間の成長の過程での障壁として捉えることができます。

これらの障壁を乗り越えることで、真の成長や悟りを得ることができると言えるでしょう。

「出世欲」は向上心とも言い換えられるため、うまく付き合っていきたいですね。

まとめ

「出世」という言葉は、社会での成功や昇進を意味する一方で、もともとは仏教の教えに由来する言葉であることを解説してまいりました。

社会での「出世」の追求には喜びや達成感がある一方、過度なプレッシャーや競争によるストレスも伴います。

そんな時には仏教の教えを取り入れ、自分を取り巻く環境や状況から距離を取る「出世」(俗世間から脱する)してみるのもいいのではないでしょうか。

真の意味での「出世」は外部の評価や成功だけでなく、内面的な成長や心の豊かさを追求することにあると言えるでしょう。

一人ひとりが、自分自身の「出世」の定義を見つけられれば、充実した人生を歩む原動力になると考えられます。

住職日記では、「出世」のように日常的に使われている仏教由来の言葉についての解説も行っております。ぜひ、次回もお楽しみに。