年越し蕎麦に込められた願い──仏教が教える「できる範囲で人を思う心」年の瀬になると、空気は冷たくなり、街を行きかう人の足取りも心なしか早く感じられます。そんな忙しい日々の合間にふと足を止めると、時間の歩みが一年の締めくくりへ向かっていることに気づかされます。 大掃除、年賀状、帰省の準備、そして年越し蕎麦。どれも“当たり前だからやること”のように感じられますが、考えてみれば一つひとつに意味や役割があるのだなと、改めて思いを馳せています。 今回は、その中でも年越し蕎麦にまつわる素朴な気づきをお話ししたいと思います。 年越し蕎麦の由来──諸説の中に、心を寄せ合う物語がある年越し蕎麦の由来は一つではありません。だからこそ、どの説にも「人々が年を越すための願い」が滲んでいます。  年越し蕎麦の由来は、金運が伸びるよう「長くのびる」ことに願掛けする説、 蕎麦の切れやすさから「一年の苦労や厄を断ち切る」説、 製麺業者や職人が年の締めに蕎麦を配った説など、各地でさまざまに語られています。 その中でも、最近私が知って心に残ったのが、鎌倉時代の承天寺の話です。 博多の承天寺には、宋から製粉技術を持ち帰った僧侶・円爾（えんに）弁円がいました。飢えや寒さに苦しむ人々へ、寺僧たちが蕎麦を用いた料理を振る舞ったところ、翌年人々に良いことが巡ってきた――そんな逸話が「世直しそば」として伝わっています。 この説が“年越しそばの正しい起源だ”と言い切る必要はありませんが、「困っている人にできる範囲で手を差し伸べたら、巡り巡って良いご縁が生まれた」という人間味ある物語が、年越し蕎麦を囲む私たちの食卓を、少しだけ温かくしてくれるのだと思います。 “布施”とは難しいことではなく「できることをする」こと仏教の「布施」と聞くと、何か大きな行為や立派な徳を積むような印象があります。 しかし本来は、身近なところから始まる実践です。 仏教では人を助ける行いを布施（ふせ）と言います。 ただし布施は、物を与えること（財施）だけではありません。
これらはすべて布施です。 “自分にできる範囲で、できることをする”――それが布施の本質なのです。 承天寺の僧たちは、“立派な施策”として蕎麦を配ったわけではないでしょう。 目の前に困っている人がいたから、手元にある食べ物で支えた。 その自然な行為が、人々の冬を越す力になった――その素朴さこそ尊いと感じました。 習慣の中に静かに息づく仏教──「形式」ではなく「心」日本の風習の多くは、知らず知らずのうちに仏教的な視点を含んでいます。 お盆は、先祖を思い、自分が生かされていることを確かめる時間。 彼岸は、煩悩と智慧の間に橋を架ける期間。 除夜の鐘は、煩悩を消すというより「人間である自分をまるごと受け止める」ための響き。 どれも派手ではありません。 “人は一人で生きられない”という当たり前を、落ち着いて思い出させるための仕組みです。 年越し蕎麦も同じです。 「今年一年を支えてくれた何かや誰か」を思い返す時間。 湯気の向こうに、そばを配った僧の心でなくとも、家族や友人、地域の人々の顔が浮かぶだけで十分なのではないかなと思います。 忙しさに巻き込まれた心へ──“振り返る余白”を取り戻す現代の年末は、やることに追われる季節になりました。 仕事、行事、とあれこれと慌ただしい日々の中で、心だけが置き去りになっていませんか。  「年末だから頑張らないと」 忙しさに耐えられない自分を責めないでください。 人は、孤立にも競争にも強くありません。 “心の余白”が乾いていくと、他人の温かさを受け取る余裕も失われます。だからこそ家族で年越し蕎麦を囲む時間は、一息つく良いきっかけになるのです。 「今年もよくここまで来た」と自分にそっと言ってみてください。 その言葉は、誰かからの承認と同じくらい、あなたを支えてくれるでしょう。 一年の締めくくりに──小さな布施をひとつ年越し蕎麦を食べるとき、誰かに優しくしてみよう――そう思うだけで十分です。 難しいことは必要ありません。 家族に「今年もありがとう」と声をかける。 店員さんに「寒い中ご苦労さま」と微笑む。 ばたばたしている友人へ「無理せずにね」とメッセージを送る。 それらは全部、できる範囲の布施です。 見返りを求めない、静かで控えめな優しさ。 そんな心から、私たちは何度でも立ち直っていきます。 十念寺では、12月25日（木）14時より今年最後のお念仏の会を開きます。 華やかな季節ですが、仏前で静かに声を整える時間もまた、心にとって豊かなものです。 初めての方も、お気軽にお越しください。 「誰かのためにできることをする」心を思い出す時間を大切に ご存じのように、年越し蕎麦の由来は一つではありません。 一年を締めくくる食卓で、「できることを、できる範囲で」 穏やかな年越しとなりますように。 南無阿弥陀仏。 |
住職の日記