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住職の日記

不安な時代にこそ、心の支えとなる仏教の“戒”

変化と不安が続く時代に

ここ数年、私たちは本当にさまざまな社会の変化を体験してきました。

新型コロナの流行がようやく落ち着いたかと思えば、今度は世界情勢や経済の不安定さが、暮らしにじわじわと影響を及ぼしています。物価の上昇、将来への漠然とした不安、どこか落ち着かない毎日──そんな中、「仏教の教え」が今こそ心の支えになるのではないかと感じるのです。

特に、仏教には“戒(かい)”という、日々の生き方のヒントとなる教えがあります。

今回は、現代を生きる私たちの“戒”について考えてみたいと思います。

「戒」は、誰かに言われて守るルールではありません

「戒」と聞くと、何か厳しい決まりごとや“禁止事項”のように思われるかもしれません。実際、「五戒(ごかい)」と呼ばれる基本的な教えには、以下の五つが示されています。

  • 不殺生戒(ふせっしょうかい):命を奪わない
  • 不偸盗戒(ふちゅうとうかい):盗まない
  • 不邪婬戒(ふじゃいんかい):不倫などをしない
  • 不妄語戒(ふもうごかい):嘘をつかない
  • 不飲酒戒(ふおんじゅかい):酒を飲まない

一見すると、道徳の教科書のように感じるかもしれません。しかし仏教において「戒」とは、「他人から強制されるルール」ではなく、「自分自身の心を仏の方向へ向けるための、自主的な規範」なのです。

たとえば、畑の草むしりを思い浮かべてください。草を抜かないと作物は育ちませんが、それは「誰かに怒られるから」ではなく、「よい実りを得たいから」です。

戒を守ることも、それとよく似ています。自分の心を整えることで、よりよく生きるための環境を、自分で整えていくのです。

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五戒を、いまの暮らしにあてはめてみる

では、この五戒を現代の私たちの生活に照らし合わせると、どんなことが言えるでしょうか。
実は、とても身近な場面に当てはめることができます。

● 不殺生戒──「言葉で人を傷つけていないか」

命を奪うというのは何も物理的なことだけではありません。たとえば、SNSで誰かを非難する言葉や、職場や家庭での冷たい一言が、相手の心を深く傷つけることがあります。「口は災いの元」と言いますが、言葉一つで人を救うこともあれば、突き落とすこともあるのです。

あるとき、お参りに来られた方がこんなことをおっしゃいました。「ちょっとした一言で子どもがふさぎこんでしまって、後悔しています」と。思っていた以上に、言葉というのは重たく、そして長く心に残るものです。命を守るというのは、心を守ることでもあるのです。

● 不偸盗戒──「情報や利益を独り占めしていないか」

経済が不安定になると、つい「自分の分は確保しておこう」という気持ちが強くなります。しかし、必要以上の買い占めや、他人を出し抜くような取引は、形を変えた“盗み”になりかねません。余裕がないときこそ、「おすそわけ」の心を忘れずにいたいものです。

「少しずつ分け合って使う」という考え方は、古くから日本人が大切にしてきた価値観でもあります。食事の際の「いただきます」「ごちそうさま」もまた、命と恵みをいただいている感謝の表現。独り占めする心ではなく、「いただく心」を持つことが、不偸盗戒につながっていくのではないでしょうか。

● 不妄語戒──「嘘や不確かな情報を広めていないか」

不安なときほど、人は情報に振り回されがちです。「誰かがこう言っていた」という曖昧な話をそのまま信じて発信してしまうと、知らぬ間に誰かを傷つけることも。たとえば、井戸端会議で話した一言が、何人もの口を通じて大げさになって伝わるように、SNSもまた、現代の “拡声器”になっています。言葉はいつも慎重に使いたいですね。

● 不邪婬戒──「心のスキを誰かにぶつけていないか」

不倫や不道徳な関係は、周囲の人間関係を大きく壊します。とくに今のような先が見えない時代には、孤独や不安から気持ちが揺らぎやすくなるものです。でも、そうしたときこそ、誰かの心を傷つけるのではなく、自分の心と向き合う時間にしたいものです。

欲望に負けるのは、人間らしい一面とも言えます。しかしその先にある「誰かの涙」や「自分の後悔」を思い浮かべれば、自ずと心にブレーキがかかるはずです。仏さまの教えは、私たちが傷つかず、傷つけずに生きるための「道しるべ」でもあります。

● 不飲酒戒──「心を麻痺させていないか」

お酒や娯楽は、一時の癒しになりますが、それが “逃げ場” になると、心の成長を妨げることがあります。例えるなら、つらい坂道を登る代わりに横道に逸れてばかりいるようなもの。つらい時期にこそ、自分をいたわりつつも、しっかり前を向ける力を保ちたいですね。

「たまには息抜きも必要だよ」と思うこともあるでしょう。それも大切なことです。ただ、その “息抜き” が“依存” にならないように、日々の暮らしの中で心のバランスを取ることが、不飲酒戒の現代的な意味だと思います。

混乱の中でも、仏の道は変わらない

世界の経済も社会も、予測のつかない揺れの中にあります。 けれど、私たちの心まで揺れてしまっては、日々を穏やかに生きることはできません。

「五戒」は、誰かから押しつけられるルールではなく、自分で自分を守るための指針です。
情報が溢れる現代だからこそ、仏様の教えを指針として自分の心を見つめてみる。そんな時間を、日々の暮らしの中に持ってみてはいかがでしょうか。